講師紹介

 

ざっくりとした プロフィール❤

毎日放送ドキュメンタリー番組作編曲・演奏出演。

ルクセンブルク ラジオ国営放送で自作自演曲を放送される。

オランダのアムステルダム ラジオ国営放送で自作自演曲を放送される。

フィンランドで自作自演曲を放送される。

ヤマハエレクトーン 九州大会出場。

九州国際コンクールにオリジナル曲で出場。

森本レオ ナレーション 松下電器CM制作に電子音楽作曲家として参加。

ブライダル・パーティ演奏歴 10年。

コンピュータ音楽に関する研究者・音楽家が開催している ICMC(International Computer Music Conference) や、セミナーにて、コンピュータ音楽の知識を学ぶ。

日本南画の巨匠 直原玉青画伯 作詞・作曲 「東海道57次守口宿小唄」のアレンジ・演奏・歌を担当。

レコードコピー楽譜制作&イエローデータ制作暦 3年。

ロス•インディオスさん、灰田克彦さん作曲のアレンジ制作経験あり。

他、自作自演&パフォーマーとして作品発表や フュージョン、ビッグバンドジャズ、クラシックオーケストラに加入し活動をする。

雅楽の全ての楽器を学び、演奏経験あり。

老人性痴ほう症の音楽療法暦 15年。

大阪 朝日カルチャーで 老人性痴ほう症の音楽療法の講演をする。

FM守口で 老人性痴ほう症の音楽療法のお話で出演。

2013年 フィンランドより CD発売。

フィンランド著作権協会TEOSTOメンバー。

音楽講師暦 18年。

資格

アマチュア無線3級、

航空特殊無線技士、

二海上特殊無線技士、

レーダー級海上特殊無線技士、

第二陸上特殊無線技士、

警戒船講習 認定証 取得。

コードネーム奏法振興会会員。

MIDI検定3級・2級、 

MIDI検定指導4級・3級・2級 取得、

サウンドレコーディング技術認定証 取得。

趣味

●音楽ソフトやシンセサイザー、キーボードの話が大好き。

●大阪日本橋の電気街をうろうろする事→

ソフマップ→OAシステムプラザ→オーディオ屋さん(自分のcdとヘッドフォンを持って行き、海外のアンプ、スピーカーのお店で、聴き比べをする事。海外、特にヨーロッパのスピーカー試聴会大好き)→部品屋さん→無線機屋さん→最後は大好きな「本黒門らーめん」を食べて帰る事。超美味しいので、毎回食べたくなります。

●日本橋で部品を買ってきて、はんだごてでラジオなどを作るのが好き^0^。

初めての作品は FMラジオ「オジラ」。(ラジオを反対から読んで オジラ)

●ビーカー、フラスコ、温度計、湿度計、ガリレオガリレイ温度計、メーターなどメモリがついているもの、測定するものが好きで、持っています。

●いろんな石を集め、持っている^0^ 雲母、磁鉄鉱、高千穂ジャスバー、水晶・・など。

●戦闘機、輸送用ヘリコプターのファンです。伊丹市は伊丹空港&自衛隊があるから最高です。伊丹の陸上自衛隊が時々、ヘリコプターを離陸させている所を見かけます。かっこいいですね。航空ショー大好きです。

●愛犬 秋田犬 ポンキチと遊ぶ。

●ウインドショッピングで、超可愛い、オシャレな雑貨のお店にいく事。

●体にいい食材を取る事。^0^

●出身地 福岡県

●血液型 AB

 

詳細なプロフィール

♥5歳からヤマハ音楽教室に通う。当時、電源スウィッチが入るタイプのオルガン8台位を使ったグループレッスンでした。時代を感じますね。^o^ 。オルガン8台が同時に鳴る音って、すごいパワーあってファンキーなサウンドで素晴らしかったです。 私は自宅で足踏みオルガンを買ってもらい、二つペダルがあり、両足で右、左、とペダルを踏み続けないと音が出ないので、いすに座り、必死で両足ペダルを踏みながら弾こうとするけど、足が届かず、いすにお尻をちょびっとのせて、横から見たら、くの字の体制で、腹筋で体を支えつつ、根性で弾いていた記憶があります。

♥6歳でヤマハエレクトーン教室に習いにいく。

♥9歳で 学校の器楽部に入り、マリンバを担当で、市の小学校器楽コンクールに出場し、銀賞を受賞する。いろんな楽器が大好きで、授業の合間の10分の休み時間になると、決まって 友達と音楽室に爆走し、いろんな楽器を弾いて、チャイムと共に教室に爆走戻る生活を送っていて、とても楽しかったです。

♥10歳で 同コンクールに アコーディオンで出場し、銅賞を受賞する。

♥13歳で中学生です。

♥14歳 体育の授業で足を怪我して、手術し、スポーツが出来なくなり、吹奏楽部に入ろうと思ったら、吹奏楽部   がなく、音楽室に全ての吹奏楽の楽器が揃ってたので、1人で、1つずつ、楽器を独学で学んでいき、全部ドレミファそラシドを吹けるようになったので、部員を募り、吹奏楽部を作り、部活生活を楽しんでいました。

♥15歳 高校生です。やはり足の方が、思わしくなく、スポーツが無理でしたので、吹奏楽部に入ろうと思ったら、吹奏楽部がなく、高校も丁度 音楽室に吹奏楽の楽器が揃ってたので、部員を募り、吹奏楽部を作り、高校の吹奏楽コンクールに、自分の作曲で出場し、銅賞だったかな を取りました。

♥18歳 九州女子短期大学音楽科電子オルガン専攻入学 副科 ピアノ。

♥19歳 北九州国際音楽コンクール 自作自演 エレクトーンで出場で 銅賞をもらいました。

♥22歳 トラックの後ろに楽器を積んで、バンドマンのおじちゃんたちと一緒に、どさ回りの演奏の仕事に行き 始めました。田んぼのガタゴト道を片道2時間かけて、料亭の舞台に辿り着き、JAZZと演歌の演奏というのもありました。目の前で、デリシャスなお料理をお客様が食べている時に、私はお腹がグーグー。演奏が終わり、自動販売機でジュースを飲んで、頑張ってました^o^。 同時に自宅でピアノ、エレクトーン、作曲、編曲の講師を始める。 ブライダル、パーティ演奏の仕事につく。

❤フュージョンバンドに入り、キーボードをする。

♥23歳 ヤマハ音楽教室のエレクトーン講師のなり、続けて自宅で教える。

♥また、天童よしみさんが新人だった時に 福岡に歌いに来られた時のバックバンド ピアノ演奏でお仕事入らせてもらいました。

♥同じ年、老人性痴呆症の音楽療法の創始者 田中多聞先生(内科医)の特別擁護老人ホーム施設で、音楽療法士として 務める。

♥RKB毎日放送のドキュメンタリー番組『生きる」の音楽担当、作曲、編曲、演奏、出演をする。

♥24歳 ヤマハエレクトーンコンクール九州大会出場。
 
♥市民オーケストラにトロンボーンで入る。なぜ、市民オーケストラに入ったかというと、その時、私は、オーケストラの作曲家になりたかったんです。楽器法を学んでいたんですが、活字で読んでも実際、よくわからなかったんですね。
 そこで私は、ひらめきました!!。よし!!、オーケストラに入ろう!!
 
フルート、オーボエ、クラリネット、トランペット、・・色々な楽器を間近で音が聴ける!!吹き方も真横で見れる!!オーケストラのサウンドがずっと聴ける!!オーケストラにはいれば、知りたい事が100倍位速く、身に着く!!たまたま私はトロンボーンを持っていたので、早速入りました。
 
 あーらゆる楽器に興味深々!!キョロキョロ、キョロキョロ・・トロンボーンなんか ほったらかして、バイオリン弾いてる人の横にいって、座って見てると、ちょっと白い目で見られ、いにくくにり、笑って挨拶・・
 
 そうだ、ファゴットの人の所が見やすいから あそこにいってファゴットを学ぼう と近くで見たり、あ、次、トランペットの人の横にササっといって見てたり、今度はサックス ササッ 今度は チューバ ササッ・・・と いろんな楽器の横に 素早く忍者のように ササッ ササッ と移動し、聞きまくってると、
 
トロンボーンの先輩が探しにきて「もーちゃんとトロンボーンを吹いてよ」って言われ、がっくりしながら、トロンボーンの所に戻る・・を毎週繰り返していましたが、なんだか居心地が悪くなり(当たり前ですが・・)辞めてしまいました。
 
 市民オーケストラの方々、ごめんなさい。でも 本当に、すーばらしい学びになりました。もう、お金では変えられない、何にも変えがたい、大きな宝!!財産になりました!!!。その後、私はオーケストラの曲を書いて、CDになりましたが、それは、この時のリアルな学びがあったゆえだったと思います。市民オーケストラのみなさん、本当にありがとうございます!!色々とご迷惑をおかけして、ごめんなさい。トロンボーンの先輩、ごめんなさい。
 
♥25歳 上阪 ブライダル、パーティ演奏の仕事につく。
     自宅にて、エレクトーン、ピアノ、作曲、編曲を教える。
 
♥26歳 レコードコピー(CDから楽譜をお越し)&レーザーカラオケのデータを作成する仕事につく。今はもうレーザーカラオケはなくなってしまったんですけどね。
 
♥作曲家集団PORTに入り、毎年、自作自演、パフォーマーとして、作曲を発表する。作品内容は、主に、前衛音楽、直感音楽、数学音楽、冗談音楽、特に「速さ=時間÷距離」にこだわり、それをテーマに、頑固一徹!!曲を書き続けました。
 
♥27歳 ロス•インディオスとその娘さんが作曲された曲のアレンジとカラオケ作成、灰田克彦さんが作曲された曲の編曲とカラオケ作成の制作を受ける。
 
❤Big Band Jazz のバンドに入り、ピアノをする。
 
♥28歳 老人性痴呆症の音楽療法士として施設に務める。その際、読売新聞社の方が取材に来られ、新聞に掲載される。
 
♥29歳 ドイツのルクセンブルク ラジオ国営放送、オランダのアムステルダム ラジオ国営放送で 自作自演の曲が放送される。

♥32歳 朝日カルチャーで 老人性痴ほう症の音楽療法の講演をする。

❤雅楽の学びに 四天王寺に行き、そこで知り合った方々が結成している「幸福の雅楽」という雅楽の演奏バンドに入るけど、一度も活動をしないまま、バンドは終わる。

♥33歳 デイケアサービスに 音楽療法士として勤める。

♥33歳 老人性痴呆症の音楽療法で、読売新聞が取材に来られ、新聞に掲載される。

❤アマチュア無線 3級に合格する。モールス信号の聞きとり 書きとり 和文 英文 必死で練習しました。無線機も手に入れ、あまりお金もなかったので、魚釣りの釣りざおに 無線のアンテナケーブルをくくりつけて、ベランダに設置し、初めての無線!!感動でした。マイクでも無線が出来ましたが、意地でも モールスで話したかったので、モールスできる方と通信をと待ってましたが、皆さん、打点が速い!!私みたいにゆっくりでは、追いつかず、しょんぼりモードでしたが、練習を頑張る事にしました。 続けて、第二陸上特殊無線技士、レーダー級海上特殊無線技士、第二海上特殊無線技士、航空特殊無線技士の免許を取りました。

♥歴史街道の方々に招かれ、東海道は53次と今まで言ってたのは間違いで、実はあと4次、宿場があった事を世界に発信したいという働きをされていて、東海道は57次!!伏見、淀、枚方、守口と最後の宿場が守口という事で、日本南画の巨匠であられます、直原玉青画伯が作詞作曲されました「東海道57次守口宿小唄」を私がアレンジ・演奏と歌を歌い、音楽を作りました。

♥34歳 老人性痴ほう症の音楽療法士として、FM守口というラジオ放送でおしゃべり出演。

♥35歳 ヘリコプターの免許を取りたくて、ヘリコプター教習所に行くと、ヘリコプターの免許を本っ当に、取りたいかどうか、試運転させてもらえるキャンペーンがあって、航空特殊無線技士の免許を取ってたのもあり、試運転にトライしました。パイロットの方と二人で乗って、ヘッドフォンをして航空無線を聞きながら、大阪上空に飛び立ちました。 私の乗ったヘリコプターのハンドルは、手前に引っ張ったり、奥に押したり出来るので、超ビックリ。ハンドルが動く~。しかもちょっと動かすと、ヘリが空中で 前つんのめりになったり、斜め左に傾いたまま回ったりするので メチャメチャ怖すぎました!!。更に、飛んでる時に、向こうからセスナ機がこっちに向かって飛んでくるではありませんか!!ヒエーーーよけなきゃ、よけなきゃ!!ハンドルを左にすると、超斜めに傾いて 落ちるー!!ヒエーー!!なのにセスナ機は、よけようとしない、普通にこっちに向かってきてる(;口;)やっとパイロットの方に普通に戻して頂きましたが、冷や汗ものでした。大阪城、通天閣、USJなど大阪を一周して飛行場に戻る時は、もう速く帰りたい、ここまで地上が恋しく思った事は人生の中で、ありませんでした。やっと空港が見えたと思うと、上空待機ホバリング 「こんな事で出来るんですよ」とパイロットの方のご説明や 低空飛行などをして下さり、汗(@@;;)。離陸も、上空から 静かに下に降りてきて、や、やっと 地上!!!!どんなに地面が いとおしかったか・・、わかりませんでした。 地面って本っ当にいいですねーー!!。

♥大阪 八尾のラジオで私が紹介され、大阪と大阪近辺 近江などの なにわ 河内音頭部隊たちが 一同に勢揃いした 河内音頭バンド同士の大会に招いて下さいました。私は、河内音頭の曲をコンピュータ音楽でアレンジするとどうなるかをやってほしいと頼まれました。そこで、冗談大好きな私は 「河内温度計」と題して出場演奏し 伝統ある河内音頭を、大幅に変えました。  私の出番では アルコールランプで火を使うというので、 消防車や消防士の方も一人、コンサートホールに駆けつけ、待機でのコンサートで、、結局何事もなく、無事終わりました。

私のプロデューサーいわく、「あなたね、こんな高尚な伝統深い河内音頭を ここまで あほみたいにしてしまって、会場のお客さんの肩が上下して笑ってたよ」 と言われました。


公開日:
最終更新日:2017/02/01

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